価値観の多様化により、生活者調査・データ分析には定量だけではなく定性的な視点を取り入れる必要性が高まっています。この記事では、定性調査の手法の一つであるKA法を利用して、いかに生活者の価値観をWEBサイトの設計に落とし込めばよいかについて、実際の事例をもとに紹介します。
目次
定性調査とは?~なぜ定性調査が必要なのか~
WEBサイトを制作する、管理する、更新するなど、日々WEBサイトと接点をもっている方には、Google Analyticsに代表されるアクセスログ解析ツールはおそらく一度は触れたことがあるでしょう。
アクセスログ解析ツールで用いられる指標、例えば
・ページビュー
・ユニークユーザー
・セッション数
・直帰率
…etc.
これらは、数量データと呼ばれ、データ間の大小関係を比較することができます。このような数量データは、前期比や対前年で比較することができるので、非常に客観的で説得力のある情報を持っています。このような数値によるデータを用いて分析する方法は「定量分析(定量調査)」と呼ばれています。
定量分析は、事実をロジカルに説明できるという点で優れていますが、ログ解析の世界では、それだけでは次の打ち手が読みづらい点が多々あります。ログ解析で用いられるアクセスログデータの場合、あるユーザの方の行動の結果は知ることはできても、なぜそのような行動をとったのかという行動理由や、一定程度の回数を訪問した後に何がトリガーとなってコンバージョンにいたったのかという態度変容の要因を特定することが難しいのです。
行動理由や、行動の背景にあるユーザのニーズ・価値観等を知るためには、別のアプローチが必要です。その一つが「定性調査」です。
定性調査は、質的調査とも呼ばれ、インタビューや行動観察などの手法を用いて行います。量的なデータではないので、予測やモデルの確からしさを検証するというよりも、「そもそもどのような仮説が存在しているのか」という仮説探索のために使われることが多い調査法です。例えば、何もベンチマークを持たない状態でWEBサイトを構築・運用するよりも、何かしらの成功の基準となるモノサシとなる仮説があったほうが良いでしょう。その仮説を探るのを得意としているのが定性調査です。
「定量調査」と「定性調査」これら二つの調査は、WEBサイト構築・運用のPDCAをまわすなかで、二者択一の関係ではなく、相互補完しながら活用すべきものです。
まとめ 定量調査:扱うデータは「数値」。仮説を検証したり、現状を把握したりするのに役立ちます。 定性調査:扱うデータは言語や行動などの「非数値」。仮説を探索・構築するのに役立ちます。 |
定性調査のフローと手法
定性調査のフローにおいて、ポイントとなるのは以下の2点です。
■質的データをどのように収集するか
■集めたデータをどう分析するか
それぞれ、以下で説明します。
定性調査の進め方①質的データをどのように収集するか
言語や行動などの非数値のデータを収集する方法として
- グループインタビュー
- デプスインタビュー
- 行動観察
- コンテクスト調査
などがあります。それぞれ、以下で説明します。
グループインタビュー
モニターを複数人あつめて、特定のテーマについてディスカッションし、回答を集める調査手法です。デメリットとしては、グループで会話をすることから、他の人の声に意見が引っ張られることが多く、司会進行をするモデレーターのスキルや経験が問われる面があります。
デプスインタビュー
モニターとインタビュアの1対1で、より深くヒアリングをすることができます。しかし、一度に多くのモニターが集められず、代表性を担保できない可能性があるという側面があります。
行動観察
オブザベーション調査とも呼ばれ、例えば、食器用洗剤の調査であれば、モニターの家庭に訪問し、実際に食器用洗剤を使うシーンを普段どおり行ってもらい、それを観察しながら行動状況などを書き留めていきます。こちらもサンプル数の問題と観察者の知見がある程度必要になります。
コンテクスト調査
Holtzblatt, K.とBeyer, H.が考案した手法です。正式には「コンテキスチュアル・インクワイアリー法」と呼ばれています。
コンテクスト調査は、従来型のインタビュー調査のように、聞き取りをYes,Noで行うのではなく、利用者の行動を観察することで、利用者自身も認識していない潜在的な要求・ニーズを文脈から理解していく調査法です。インタビュアがユーザに弟子入りする感じで、ユーザがとった行動、体験で不明な点があれば、その都度質問していきます。
当然ながら、ユーザが思っていること、要求事項、潜在的なニーズは、なかなか口に表すことができません。口に出していることは、インタビュアに自分をよく見せたいと誇張したり勝手に話を要約したりしがちです。「気持ち」や「考え」を言葉で伝える際は、本人の主観や思い込み、バイアスなどが入りやすくなってしまいますが、「行動」そのものは揺るぎない事実であり、バイアスは比較的入りにくいと考えられます。
聞き方のポイントは「行動」です。以下の流れのように、「行動」の状況をヒアリングしていく方法をおすすめします。
体験・行動の有無 → 体験・行動の頻度 → 直近の体験・行動
定性調査の進め方②集めたデータをどう分析するか データを分析する方法「KA法」
ユーザひとりひとりの発話した音声を録音しておき、それらを文字に起こしてWord等のドキュメントにします。文字起こしされた発話データをまとめる方法はいくつかありますが、今回は紀文食品の浅田和実氏が開発した「KA法」を紹介します。
一人一人のテキスト情報について、キーとなりそうな行動を起点に3つの軸でまとめ、下図のカードを作成します。
①実際の行動・事実(下図では「出来事のエリア」)
②行動時の実際の発話の中でキーワードになりそうな声を抽出する(下図では「心の声」のエリア)
③行動と心の声をとらせたユーザの背景にある価値観(下図では「生活価値」のエリア)
そして、複数作ったKAカードを構造化していきます。
出来事や価値観をベースとして、類似するものを一つのグループにしていきます。
10枚から30枚のカードがあっても3つぐらいの価値観のパターンに落とし込めるように小さくまとめることを意識しましょう。あまり細分化しすぎてもコントロールできません。
そして、最終的な2から3つにグルーピングされた価値観ごとに名称をつけ、ペルソナの作成やニーズの探索等に活用します。
【定性調査事例】KAカードを使ったサイト設計の実例
では最後に、実際にKAカードを使ってどのようにWEBサイトリニューアルに活用したか、実例をもとに説明します。
<WEBサイト>
ある地域の観光タクシーサイトのリニューアル案件
<現状の課題>
これまでWEBサイトのアクセスログは取得しておらず、サイトのゴール設計も無い状態
<課題解決のアプローチ>
(1) 観光タクシーの利用状況を知るため、既存顧客の中から、直近1年以内に利用したことがあるユーザから10名、競合の観光タクシー利用者からも同様に10名を調査対象者としてコンテクスト調査を実施。
(2)文字起こし後、KA法でカード(付箋を利用)を作成。
(3) 構造化して価値観・ニーズをまとめる。
(4)サイトの情報設計に活用する(メニュー作成・企画コンテンツの作成)
KA法でカード作成
10名を調査対象者のうち、2名のKAカードを紹介します。付箋が横長なので、前述のフォーマットは異なりますが、以下の図のようにカードを作成しました。
ユーザ回答例(1)
下の画像は、京都で観光タクシーを利用したK.Sさんから得られたコンテクストをKA法でまとめ、旅行「前」、WEBサイト「訪問中」、旅行「後」の時系列で並べたものです。
- まとめてみると、以下のような価値観や願望などが見えてきました。
- 旅は、非日常を味わうもの
- なるべくならお決まりの観光ではなく、ワクワクドキドキ感のあるオリジナルな体験がしたい
- コアな体験をしたいが、仕事に追われ、旅のプランを作る時間がない
- 自分の体験はSNSなどで友人に公開する(他人へ自慢したいという願望が深層にありそう)
ユーザ回答例(2)
S.Aさんについては、KA法の結果を、「旅行前」、「タクシー会社選定プロセス」、「PainPoint(WEBサイト利用における悩みの種)」という軸でまとめました。
まとめてみると、以下のような価値観や願望などが見えてきました。
- 旅で失敗をなるべくしたくない
- 観光タクシーの存在は知っているが、費用(貸切=費用高い)が不安
- 検索エンジンは広告が上位に来るので要注意
- 利用者の声がないと信用性に不安
- オンラインで完結するのではなく、電話等のサポートがあると安心
- 小さな子どもがいるので、子連れでも行けるお店など細かいニーズに応えてくれるとありがたい
KA法の構造化ステップ
KA法で作成した個々のカードを、似たような価値観・ニーズのグループにまとめて構造化していきます。
その結果、上記の写真のように、ワクワクする旅(非日常)の体験をしたいという価値観や、その体験を友達に知らせたい(自慢したい?)という心理がありながらも、それらを達成するために必要な情報を調べる時間がないことや失敗への不安があるという構造が浮き彫りになりました。
これらの結果から、“気軽にワクワク体験ができる観光タクシーのご提案” というWEB制作コンセプトが導き出されました。
制作コンセプトを実現するためのプラン・方向性の策定
いよいよ具体化のフェーズです。
定性調査から得られたコンセプトをWEBサイト制作で実現し、最終的には選んでもらえる観光タクシーになるため、どのようにプランや方向性を策定していけば良いでしょうか。
その際に役立つ2つのポイントを紹介します。
1つはPainPoint(ペインポイント:利用者の悩みの種。既に顕在化しており、減らしたい要素)、もう1つはGainPoint(ゲインポイント:利用者のメリットや、得られる恩恵。増やしたい要素)です。
KA法でまとめた内容を具体的にサービスとして落とし込むために、「Pain」を減少させ、「Gain」をさらに増加させるための要件やプランを考えていきます。
Pain Pointをまとめたシートがこちらです。
Gain Pointをまとめたシートがこちらです。
今回の例からは、以下のような価値提供の施策やソリューションが導出されました。
① 不安要素(Pain Point)を軽減するための施策
施策1-A: Who We are(事業内容や事業の背景、企業理念や価値観など)の充実
観光タクシーに対する誤解、認知不足を補うためのコンテンツ
施策1-B: 予算とサービス内容のわかりやすさ
時間単位をユーザに示しても、わかりにくい。利用プランに合わせて、所要時間と費用がわかるような設計が必要
施策1-C: サービス(提供価値)の信頼性
利用者の声を定期的に吸い上げる仕組みを構築
施策1-D: マルチデバイスへの最適化
トップページだけではなく、全体が最適化されるような設計
② ポジティブ要素をさらに高める(=ファン化促進。Gain Point)ための施策
施策2-A: ソフト面でのソリューション
問い合わせへ親身に対応→顔の見える接客により、企業理念を具現化
施策2-B: ハード面でのソリューション
ワクワク体験を演出するツアープランの提案
ワイヤーフレーム・デザインへの落とし込み
定性調査から得られた意見をもとにした上述の施策すべてを、下図のようにWEBサイトへ反映させました。
まとめ
|
以上、WEBサイトの事例を通して、定性調査の活用法について紹介しました。「定量」の調査や分析に関しては、ログデータなどの利用によって一般的になっていますが、近年は価値観の多様化によって「定性」の情報の活用がますます求められています。
提供するサービスや商品の利用者の「心理・価値観」領域に踏み込まなければ、データの活用はできないからです。いかにして利用者の心理・価値観を分析するか、その鍵を握るのが定性調査にあると言えます。
「定量」と「定性」、どちらがより優れているという問題ではありません。両者をバランスよく、相互補完的に活用していくことで、ユーザへの理解を深めていきましょう。
<執筆者情報>
末吉正成(すえよし・まさなり)
株式会社メディアチャンネル 代表取締役。www.media-ch.com
道具としてのビジネス統計を用いて大学や自治体のWEBコンサルテーションを行う。
著書に『EXCELビジネス統計分析(ビジテク)』(翔泳社)、『EXCELマーケティングリサーチ&データ分析』(翔泳社刊)、『Excelでかんたん統計分析』(オーム社刊)、『事例で学ぶテキストマイニング』(共立出版刊)、『Excelでかんたんデータマイニング』(同友館刊)、『仕事で使える統計解析』(成美堂出版刊)、『見せる統計グラフ』(秀和システム刊)他がある。